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ぼっち・ざ・ろっく!

XXXX・マキアート

My girl, 俺も君にそんな顔させたいし
―― ミツビシ・マキアート / Helsinki Lambda Club

 横顔は盗み見るもの。
 私がステージに立って、初めて知ったことの一つ。交じることのない視線に意味があるなんて思ってみたこともなかったのに。気がつけば真剣な横顔が、私の脳裏に焼きついている。
 憧れは目の前にあれば良いなんて思っていた。どうやって隣に立てばいいのかわからなくて、ステージから逃げ出してしまうほど。
 彼女の強く閉じられた唇が長い髪の隙間に隠れて、初めてそれに気づいて。
 横顔を見つめるなんてこと、したことがなかったのに。すっかり変えられてしまった自分の一つ。
 落ち着かないよと、髪の毛を軽く触ってみても、私を焼いた張本人は気づく気配もない。画面越しのロックスターの指先を見つめている。一番自然で、だから真剣だ。
 私のために作られた時間なのだから、私に費やされてもいいじゃない。
 思ってもいないことは口に出さない。

 私たちのひみつ基地には、学び舎に合わないフレーズが響いている。かすれたスピーカーからの聞き慣れたメロディを無視して、二人で見つめているのは画面の中だ。
『ギター弾きながら歌うのは難しいから、いろんな人のプレイを見たほうがいいかもしれないですね』
 そう言ったのは彼女で。
『じゃあ、ひとりちゃんのお勧めを教えてよ』
 そう返したのは私だった。少しだけ距離を詰めて私が返した言葉に、ひとりちゃんは少しだけ動揺しつつも、それじゃあ、今日放課後に、そう言って離れていった。彼女は自分に言葉の向いたボールに驚いて、きっと私が詰めた距離には気づいていない。いくらでも縮められる距離に不満を覚えるなんて、贅沢だって私は思う。そうして放課後の今に、秘密のように二人で同じ音楽を聞く。
 きっと私のボーカル・ギターとしての課題の多くを、私よりもずっと深く理解しているひとりちゃんは、それをあまり私に指摘することがない。それは彼女がそういう性格だからというのもあるけれど、そうじゃなくても言ってこないような、そういう気がしている。そこで踏み込まないのが優しさだと思うタイプ。虹夏先輩も実はそんな感じのタイプ。リョウ先輩は少し違うけど、どちらにせよ私がこのバンドでやっていくには、自分でどうにかしないといけないみたい。
 それが嫌いなわけではなかった。探りに行くのは苦手じゃない。それでもどうしても限界があって、そういう時にひとりちゃんが助けてくれることがある。そっとヒントを転がすような、そういう形で。転がされたヒントが重なるたびに、私は嬉しい気持ちと同じぐらいどこか悔しい。拾い上げた頃には、ひとりちゃんは先に進んでいるから。
 だから今日は珍しく彼女と一緒にボールを探せているけれど、キャッチボールになっているかと言われると疑わしい。彼女とはいえば小さくつぶやきながら、ロックスター以外のものは見えていないようだ。
 いつもの彼女にも、言葉のボールを投げるのは難しいし、それを運良く彼女が拾ったとしても明後日の方向に投げられてしまうことだって度々ある。彼女を小脇に抱えながらなくしたボールを探すような、そういう日もあるけれど、それは決して嫌いじゃない。いつかは見つけ出せるし、見つけ出せなくたっていいから。探した時間が大切、なんて誰でもいいそうな言葉を、私は胸を張って言うことができる。
 でも、時折彼女が自分の世界に入って、どこまでも一人でボールを投げてしまうというような、そういう瞬間がある。そういう瞬間の、彼女の横顔が一番好きなのが悔しい。
 「音楽が好き」なんて言葉、彼女から聞いたことはない。彼女なら、「好きでごめんなさい」ぐらいのことは言ってのけてもおかしくないけれど。そういうことを彼女は言わない。それぐらい彼女にとって焼き付いたものがあって、それが音楽なんだろう。
 もしかしたら、そうじゃないかもしれないけれど。そう思うことにする。そうじゃないと悔しいから。私ばかり焼かれているのは不公平じゃない?
「あの、喜多さん」
 彼女の言葉に現実に戻される。少し散らばった前髪の奥にある瞳が私を指していて一瞬驚くけれど、その瞳はどこか遠慮していて、あの焼き付いた視線とブレる。私に向かって放たれたわけでもないのに、あの弾丸はまだ私を貫いているらしい。
「何?」
「あの、ここからギターがすごいので、見ておいてもらえれば」
 反射的に出してしまった棘にも気づかずに、彼女は画面に視線を送る。二番のサビが終わり、画面の奥でオーディエンスが高ぶるのが見える。視線を移した私に満足したのか、ひとりちゃんはすぐに画面に向き直って、あの真剣な横顔が浮き上がっていく。
「ここをボーカルの人が弾いているのがすごくて……」
 画面越しに足を広げてギターを弾き始めたロックスターに心のどこかで謝りながら、私はすぐに視線を彼女の横顔に戻した。動画のURLなら教えてもらってある。家に帰ってからで十分だ。どうせ何度も見ることになるから、今だけ見えるもの横顔を見つめていたい。ギターソロが終わりボーカルが叫びだしても、私の心臓は燃え尽きたりはしない。
「こことか難しいのに、歌いながら弾いてますしね」
 彼女の声の温度が、ほんの少しだけ上がっている。昔の私なら気づかない温度の差。それでも、普段の柔らかな温度に慣れてしまった今の私にとっては、火傷しそうなほどの熱。彼女の炎が小さく私を揺さぶって、そのままゆっくりと炎になる。私があげられないその熱が、嫉妬の感情に火を付ける。
 いつの間にか音楽は止んで、観客の歓声はフェードアウトしていく。目の前の彼女の温度が下がっていく。
「どうでした?参考になるかはわからないですけど……」
 それでも私の興奮は冷めなくて、どこか嬉しそうに私の方を向いたひとりちゃんの前髪に手が伸びていく。
 予想もしなかっただろう指先に、彼女の瞳が大きく見開かれる。
 満たされる感情はあるけれど、まだ乾きは満たされない。私は用意していた言葉をかける。
「目、悪くなっちゃうわ」
 そう言いながら、彼女のばらついた髪の毛を少しだけ整えていく。少しずつ、少しずつ。何度も触れた場所の温度が変わっていくのが楽しい。さっきのロックスターとは違うけれど、上がる熱の大きさに、少しだけ満足する自分がいる。だけど、こんなところで満足しちゃいけないって、撫でる手をとめる事ができない私もいる。
「あ、あの、ごめんなさい」
 そう言いながら俯く彼女に、小さく笑い声だけあげる。仕方ないな、なんて言うみたいに。でもきっとこれに気づかないのは彼女だけ。少しずるいことはわかっているけど。
 ごめんなさいね。でも、私、隣にいるだけじゃ満足できないみたい。
 思ってもいないことは口に出さない。
 今はまだこのぐらい。いつかあの横顔が、私のものになるように、いつの日か私が焼き付くように下ごしらえをする。
 仕上げ、と私はつぶやいて、彼女の首筋をなでた。ゆっくりと上っていく温度が、私の指先に焼き付いた。


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