ウェットティッシュに小さな強力マグネット、それから写真集を二冊。休日のショッピングモールの人混みの隙間を縫うように歩いて、順の買い物はあっという間に終わる。だから、待っててくれればよかったのに、という顔をする彼女の顔を無視して、夕歩はいつでも順の後ろを歩くことにしている。彼女を形成するもののいくつかを追うために、少しだけいつもより早足で追いつこうとするけれど、こういうときの彼女といえばいつもより変に優しくない。
私に口を挟ませる余地のない動き方はいつ身につけたのだろう。自分を出すのが下手な相方のために、ずいぶん苦労させられている、と本屋のレジの横に並べられた自己啓発本を眺めながら思う。
写真集の表紙に映るスタイルの良い水着の女性を満足そうに眺めながら、順はそれを自分の持つトートバックに大事にしまった。もらった賞金を何に使っているのかと呆れながら、その視線に少しだけ嫉妬が含まれていることは否定出来ない。「発散」とでも言うべき順のそうした態度に、真実が全く含まれていないわけじゃないことはわかっている。そこに重心がないとしても、彼女の体重の乗っているものはすべて気になる。
「おまたせ、行こうか」
私の新しいバッグを選ぶのに彼女がかけた時間の三割もかかっていないのだから、まだゆっくり見たらいいのに、と私は軽く目に力を込める。でも私たちは魂でつながっているわけじゃないから、そういう視線の意味はない。私の視線は発散していって、順といえばただ首をかしげるだけだ。
「どうかした?」
「なんでも。帰る」
「え、お茶するんじゃないの」
「帰る」
私が子どもが拗ねるときの真似をして、出口のエスカレートへと歩いていくと、順はどうしたの、と少し慌てた声を出しながら、私のあとを追いかけていく。追いつかれないようにわざとリズムを崩しながら歩き続けていくと、サンダルに少しの熱を感じる。開放感のある作りのこのショッピングモールでは、開かれた窓から太陽光が降り注いで、空調の力に負けずと私たちを照らしている。
「うわ、暑い」
追いつかれることを嫌う私をまるで尊重するかのように、彼女は独り言のように喋った。後ろを振り向くと、順は窓ガラスと天井の境目の向こうにある太陽を探すかのように上を向いていた。光を追って照らされる彼女の胸元とネックレスが反射して、小さな光の粒が暗い天井で踊っている。私の視線に気づいた順の少しの体の動きで、その光はもう見えなくなってしまった。
「外、すごそうだね」
私と目があえばいつものように笑う順の方へと歩き出す。近づいてく私に少しだけ慌て出す彼女の横を通り過ぎて、私はフロアの方へと戻る。窓ガラスで覆われた廊下から戻った途端に、冷気に包まれる私を順は追いかける。
「どこにいくの」
「戻る」
買おうと思っていたものがあったのだ。
たえまない日差しにさらされるときに、順がまず考えることといえばもちろん決まっている。だから、夕歩は小さなころから、日傘を持つのが自然になっていた。うっとうしい幼馴染みを黙らせて、そして親友が太陽へと笑っているところを見るためだ。
空を見上げた彼女の、眩しそうに細められる目を見るのが好きだった。それは別に慈しみでもなく、悲しみでも、決意でもなく、ただ生きているがゆえの生理現象なわけだけど、それがたまらなく、彼女が生きているということがわかる瞬間だった。どこまでも欲望のままのように見せながら、自らを最後には運命の中に置こうと決めている彼女のふとした隙間。
そんな彼女の様子を見ていて、ずっと思っていた。
「そんな癖あるかな?そもそも直接は見てないよ」
「直接見てなくても、危ない」
「それはそうだけど、それはサングラスをかけても危ないでしょ」
ダラダラと恥ずかしそうに文句を言う順に、「気をつけ」とだけ言えば彼女はまっすぐに立つ。便利な関係だ。自分で勝手に殉じているだけの人を、上手く使わせてもらっている。すぐに日差しの方を見る順の目を少しでも守ろうと、サングラスを買おうとしていたことを思い出したのだ。
やたらきらびやかなコーナーの一角にある、金のチタンフレームの縁の細いサングラスを慎重にかける。彼女の長い髪を耳にかけさせながら、されるがままになる彼女の瞳が隠されると、今まで見たことのない姿になっていく。幼いころから過ごして、すべてを見ているけれど、こういう新鮮さもあるのかと少し感心する。
「ちょっと調子に乗ってるね」
「なんでかけさせられてるのにそんなこと言われないといけないの?」
ふざけてつけたグラスを外してやめる。まだ夏は中盤だけれど、家族連れが多いこのショッピングモールではハイブランド路線のサングラスを買う人はあまりいないらしい。比較的がらんとした店内で、落ち着いたカップルと店員に少し暖かな目を向けられているのを感じながら、知らないふりをして彼女に一番似合うものを探す。少し傲慢な振りをするのは向いている。
「学校からつけても違和感ないようにしたいから、あんまり派手なのはね」
「じゃあなんであれかけたの」
呆れた彼女の声を無視して、少し縁の太いものは、綾那を見慣れているからかあまり似合わない。黒の縁の太いサングラスを外して他のを選ぶ。少し青色の彼女の瞳を考えると、私よりは眩しく感じることが多いだろう。でも順の目を隠してしまうと、彼女はもっと隠す術を身に着けてしまうだろう。
だから、彼女の表情を見失わないような、薄めの色のレンズを探している。
順の父親は、あの時代の人間によくいる、使命のようなものをずっと信じ続けていた人だと思っている。その父親と支え合って生きてきた順の、魂にはどこか掟のようなものがある。少しずつ育ってきたそれを、彼女は上手に隠しているけれど。
彼のいう仕えるという言葉には、それなりに複雑な意味が含まれていて、それは私の父親の愚かさを持ってしても越えられない魂のように思うけれど、その複雑さを順が理解しているようには思えない。ピアノを初めて習うときは、ただ先生の言う通りに指を動かすように、一体それがなんなのか、と言うことを理解し切るのは難しい。だから、彼女の仕えるという行為と掟は不思議な形で結合しているときがある。私はそういうものを見つけるたびに、彼女と私の間にある絆とは言い難い何かを見る。心配そうな彼女の表情を、いつまでも受け入れられないのはそういう理由。
天気が悪くなると身体の具合が悪くなるのは、誰にでも共通しているものだと思っていた。だから幼い頃しばらくの間、私は調子が悪いことを順に説明することが出来なかった。順もまさかいつも見ている空と、いつも見ている幼馴染の体に繋がりがあるなんて思っていなかったようだから、それを初めて話して、彼女の表情が変わったときのことはよく覚えている。彼女は私に同情の表情を見せたことはなかったけれど、その時初めて、彼女は自分と世界の区別を知ったのかもしれない。変に色気つきはじめたのはあの頃からかも。
そうして彼女はよく天気予報を見るようになったし、空を見上げるようになった。はじめの頃は上手に隠していたのが、だんだんと自然と習慣になっていた。見上げたときの表情が心配から少しずつ変わっていったのも見ていた。
「別に気にしないでとは言ってない」
彼女に似合うフレームをいくつか候補に加えながら、まだ探し足りない気がして試し続けている。
「ただ目を悪くしないでほしいだけ」
気まずそうに佇むマネキンに向かって少しため息をつく。さっきまでの生暖かい目がなくなって、周りの人たちが少し目を逸らし始めたのを感じる。喧嘩にもならない関係を続けてしまったから、ふとした時にこうやって引っ張って来ないと、何かをあげることも難しい。私だってこんなこと、昼間のショッピングモールでやりたいと思ってないけれど、こうでもしないと逃げていってしまうから。
少し大きいサイズのグラスのメタルフレームのものを選んでかけさせる。かけさせると気取っているみたいで少しおかしいけど、彼女の雰囲気とあってそれもいいなと思う。近くにいる店員に目配せをすると、今までで一番納得したような表情を見せる。
「これが一番似合う気がする」
「えー、かっこいい?」
順を鏡の方に向かせると、すぐにふざけたポーズを取って、それから笑った。ふとした隙間で頬を緩ませる彼女がかわいくて、最初にあった不機嫌はなくなっていることに気づく。
「かっこいいよ」
「本当に?じゃあこれにしようかな」
「買ってあげるから、日差しが強いときはつけて」
え、と順がなにか言う前にサングラスを取り上げる。これ以上笑っていると全部許してしまいそうになったからなのは内緒。
眩しい方を見上げるのは、彼女の本能の部分だと思う。
私よりずっと強い光を見つめている。もしかしたら、私がもっと眩しかったら。その可能性は想像できるけれど。
でも、そんなことよりも、私の隣で笑っていてほしいと思うのだ。
買ったサングラスをかけさせて、二人でモールの出口を出ると、真夏の空気が体を包む。私の差した日傘の外側で、その暑さにも負けずに、眩しくないねと太陽を浴びながら笑う順が、少し眩しくて私は目を細めた。