Sayonara VoyagE

Use me like an oar and get yourself to shore

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タバコが、こんな夜には欲しくなるんだ。

あの独特の匂いと、強烈なアウトロー感に、どこか惹かれるのかもしれない。WHOと健康団体がどれだけ声を張り上げてタバコ農家を罵倒しようと、世界からなくならないんだから。自分の人生が短くなると、わかりきっているものをわざわざ吸うなんて、やっぱり人間はどこかおかしいんだって、そう思う。
吸うならなにがいいんだろう。行儀のよい味なんていらないし、爽快感はライブの後に勝るものはどうせないから、濃い、キツイのがいいかな。ピースとか、いいのかもしれない。
それで今みたいな、夜が終わった静かなベッドの上で、寝ているフレちゃんを横目に見ながらタバコを咥えてライターで火をつける。何か物思いにふけるような顔をして、それで煙を吐き出すんだ。ちょっとかっこいいかもしれない。イマドキって感じじゃあ、ないけれど。

そういう話をいつだかフレちゃんにしたら、「んー、でもタバコの匂いは苦手かな」って言われた。だからタバコは買わないことに決めた。残念だけど、仕方ない。適当なようにみえて、あたしが知っている中で一番に優しいフレちゃんが「すきじゃない」と言ったものを、わざわざ好んで使う気はないんだ。だから、あたしがタバコ自販機をどうやって攻略するかに頭を使ったり、ピースがあたしの唇で挟まれることはないということだ。

わかってる。別に、タバコが欲しいわけじゃないんだ。しみったれた中年のように、口が寂しいわけでもない。ませた高校生みたいに、社会に反抗してみたいわけでも。みんなが「大人」だと思っている何かになりたいために、吸うわけでもない。ただ、強烈な匂いが欲しいだけなんだ。ただ、この夜の匂いを、生の匂いを、かき消すほどの何かを、ずっと求めている。


[chapter:みんな春を売った]


フレちゃんとこういう関係になってから、ベッドで一緒に寝て、「ソウイウ」ことをして、それは全然悪い気分じゃないんだ。気持ちいいし、嬉しいし、身体を交わらせることに快楽以外の感情が伴うって、初めて教えてくれたのはフレちゃんなんだ。本当にね。今まで、アイドルになるまでいろいろあったけど、フレちゃんほど優しい人はいないって、そう断言できる。クローネで毎日迷惑をかけられてると殆ど照れ隠しの文句を言ってたありすちゃんにそう言ったら、すこし怪訝な顔をされた。「子どもだね」ってからかおうとしたけれど、別にあたしだって大人じゃないことに気付いて、黙って笑うことにした。

問題は、言ってしまえばあたしの寝付きの悪さなんだ。フレちゃんとし終えた後、フレちゃんは大体一言二言言って、眠りにつく。今日は「オムライスにマヨネーズかけたらおいしいのかな」だった。オムライスにマヨネーズって、卵に卵だけど大丈夫なんだろうか。いや、おいしいとは思うけど。マヨネーズって、何にでもあうよね。卵と油だけであんなものが出来るんだから、やっぱり料理は科学なんだと思う。
フレちゃんがいつものように眠りについた後、あたしは一人、沈黙の夜と向かい合うことになる。寝付きが悪いのはずっとずっと、昔からだった。いろいろ、考えこんじゃうから。

まだ誰にもあたしの部屋の合鍵を渡していなかった頃は、深夜の散歩が趣味だった。歩いているときは、あんまり考えずにすむから。ベッドの上とは違うんだ。お気に入りの音楽を永遠と一曲ループして、夜の街をあるくの。アイドルになってからは、自分が歌う曲をずっと流してた。口ずさみながら、どことなくフラフラと歩いていく。夜の街はそれなりに面白い、あたしみたいな人間にとっては。見ていて飽きない。聞いていて飽きない。そして、嗅いでいて飽きない。欲望と絶望と希望を混ぜあわせたみたいなね、凄い匂いがするの。強烈な、すべてを焦がしつくすような匂い。それで、静かな線路沿いを歩きながら思うんだ。やっぱりあたしは、詩人には向いてないって。
夜の街をひたすら歩いて、身体に疲労を貯めて、もうそこに横たわる場所があれば今すぐ眠りに落ちることができるぐらいまで続けるんだ。そうして、フラフラの身体を引きずって、自分の家までなんとかたどり着いて、ベッドに倒れこむ。そんなことをしてた。ずっと、ずっと。今じゃあ、そんなことできないけれど。

フレちゃんと過ごしてからは、そんなことはしてない。夜となりにいた人が、朝いなくなっていたらいやだもんね。フレちゃんはそんなこと気にしないかもしれないけれど、それはあのころを思い出してしまいそうでなんだかいやなんだ。あの感覚を。むせ返るような夜の匂いから逃げ出すように、ベッドを飛び出ていた日のことを。まだ絶望できていた日のことを。

ずっとずっと思ってた。なんで身体があるんだろうって。それはいつまでもあたしを縛り付けて、どこにいたって苦しめる。



*



小さい頃から、あたまは良かった。自分が周りと違うって、そうわかったのは2歳のころだった。
なんでみんなあんな簡単な文字もわからないのかわからなかった。歌だって練習する必要なんてなかった。音だって、歌詞だって、一回聞けば全部覚えられた。幼稚園で読まされた絵本は退屈すぎて、親の本棚とにらめっこしていたのを覚えている。

まだ自分がどういった人間なのかよくわかっていなかったころは、よく喧嘩をした。なじられた。今ならわかる、あれは嫉妬だとか、正義感だとか、そういった漠然とした感情が幼稚な脳内では飲み込めないころの感情の発露だ。


『なんで一緒にやらないの』
『なんで勝手にするの』
『なんで志希ちゃんだけ、できるの』


友達があたしのことを理解してくれなかったように、あたしも友達のことがわからなかった。だから思っているままを伝えるしかなかった。どうしてもわからないから、最後には手が出た。あのとき右耳を殴られた痛みを、今でも思い出せるような気がする。次の日にはもうわすれて、一緒に遊んでいた時もあった。次の日からはもう、一度も喋ることがなかった友達もいた。
それでも『友達』達は、あたしに一番まっすぐぶつかってきてくれた。もう小学生になると、みんなあたしに向かってこういった。


「志希ちゃんはみんなとはちがうから」
「志希ちゃんは天才だもんね」


そう言って、先生も友達も、あたしにぶつかってきてくれはしなかった。誰もかれもがあたしを差別した。都合のよい言葉を使って。悲しかった。誰もかれもあたしの得意な分野になると、言い訳をしていなくなった。苦手だった徒競走だって、みんなと一緒に走りたかったから頑張ったのに。一緒に勉強しようとしても、誰も向き合ってくれなかった。そっと家の本棚から取り出して、渡そうとした本は、誰にも受け取られることはなかった。
悲しかった。自分の出来ることが、こんなにもあたしを苦しめるなんて、ダッドの本棚を漁って目を輝かせていた3歳のころのあたしは、思ってもいなかったよ。


でも、そんなものに苦しめられたのは一瞬だった。


すぐに気付いたよ。それがみんな、自分を守るためのものだって。みんな自分自身が大切なだけなんだって。あたしがいると、傷ついてしまうって思っているんだろうって。それがわかったとき、感じたのは憤りでも悲しみでもなかった。それはまるで、小さいころ大切にしていた科学大百科の一ページのように、ただ事実として受け入れられた。あたしは、そこにいるだけで、みんなを傷つけるということが。
それがわかってしまえば、あたしの進む道は簡単に決まった。それがわかった次の日、あたしは誰とも話さなかった。退屈な授業も受けているふりをした。休み時間に友達の席に行くのをやめて、持って行った本を読むことにした。周りと関わるのをやめた。
そうするとあまりにも世界がシンプルに見えてきて、おかしく思ったのを覚えている。あたし「一ノ瀬志希」と、そのほかのモノ。世界はシンプルに二つに別れた。一つだと思い込んで、きっとどこかで繋がれると信じて、あたしを必死でみんなにさらけ出したころが馬鹿みたいに思えたんだ。


あたしの世界がシンプルになっても、あたし以外の世界はまっすぐには続いていなかった。自分の世界を認識した途端に、苦痛になってしまったものがいくつかある。
例えば、学校。朝起きて、どう逆立ちしながら読んだってわかるような教科書を読んで、それでどうしろっていうんだろうか。社会制度にあった価値観の子どもを生成するシステムとしては、そんなに悪いものではないのかもしれないけれど。どうせあたしは社会から外れてしまうことが目に見えている子どもなのだから、先生もあたしのことをほったらかしにしてくれればよかったのに。よく言われる「熱血系」の先生が担任だったときは、面倒だった。だって、他の生徒と同じ様にやらないと怒るんだもの。定規で図って辺の長さを求めることに、何の意味があるんだって、もう一度みんな真剣に考えた方がいいと思うんだ。まあ、その先生は半年も内にあたしの担任を外れた。痴漢で捕まったんだ。まあ、そんなものだね。
もうだんだんと耐えられなくなってきた。小学校高学年って、早い子だともう第二次性徴が始まるんだけれど。そのころからクラスの男子の間から、性的な話が溢れるようになった。あたしもそんなに発育の悪いほうじゃなかったから、当然そういう「モノ」の対象にされたよ。厄介だった。ほっておいてほしいのに、今までまったく話しかけもしなかったくせに。自分の身体が憎かった。考えるのには、脳みそだけで十分だったからね。


そうして気付いたんだ。身体と心が切り離せればいいんだって。


そのことに気付いた時は、すっごく嬉しかったなぁ。そんな単純なことに今まで気付かなかったなんて、悲しくもなったけれど。
それからは簡単だった。学校にはもう行かなかった。行くだけ無駄だって、わかっていたのに続けていたのは妥協だった。その日の夜には、もうダッドの書斎に忍び込んでいた。あたしの望みを叶えてくれそうな資料はいくらでもあった。人類の肉体に関する研究はあまり進んでいないことに気付いた。脳科学、情報工学。それっぽいのはいくらでもあったけど、どれも完璧な答えじゃなかった。だから決めたんだ。あたしが見つけてやるってね。

そこからは少しだけ面倒だった。すこし調べた限り、日本じゃとてもこの年齢で研究させて貰えそうになかった。箱詰めシステムで天才少女として扱われるのはもうウンザリだった。学力と金さえあればいくらでも入学できるアメリカの大学を選んだ。ダッドには今でも悪いことをしたなと思っている。彼が自分の力で築いた財産に、わりと大きな穴を開けてしまったのはたしかだから。


ダッドよりあたしのほうが才能があることを、ずっとダッドは見抜いていたんだと思うことがある。ふと思い出すんだ。ダッドが、それとなくあたしの興味を医学に向けていたことを。幼稚園から帰って、読んだ絵本がつまらなかったと話すあたしに、ダッドは「人体のふしぎ」を差し出した。多分何気なく差し出したそれを、あたしは面白がって読んだ。その様子を見ていたダッドは、その日からあたしに本を差し出すことが増えた。「いろんな病気」って本を、幼稚園児の娘にすすめるのはどうかと思うけれど。でも、あたしは特別医学に興味を持ったわけじゃなかった。ある程度知識の幅が深いものを求めていただけだ。ダッドはそれになんとなく気づいたんだろうか。あたしに本をすすめることはなくなった。
あたしが大学への進学を切り出した時、ダッドはどこか諦めたような顔をしていた。それは幼いあたしに向けていた期待のそれとは全然違った。あたしがずっとずっと小さいころから、もう何年も笑顔をみてないってことに気づいたのは、アイドルになってほかの子達との会話で、父親の話が出た時だった。
あたしを前にして、ダッドは大学に行くなりなんなり自由にしろ、と言った。その時は、何もかもうまくいく場所への切符を手に入れた時のように嬉しかった。思えば、あれはダッドがあたしを見限ったのだということだった。

大学寮と研究室との往復の生活がはじまって、一週間経った頃のことだった。ママから国際電話がかかってきた。

『今いる家を引越することになったの。戻ってくるまで、まだ時間があると思うけど、一応連絡しておくわ。』

送られてきた家の間取り図に、あたしの部屋はなかった。


今でもあたしの実家には、あたしの部屋はない。泊りに言った時は、客間に通されるだけだ。アイドルとして歩んでいるあたしの写真がほとんど使われていないであろうTVの横に、埃もかぶらず飾ってあったから、顔を合わせたくもないというわけじゃないと思う。それでも、もうあたしは父親の望んだ何かに、一ノ瀬志希になれないんだという事実はいつまでも残る。親と子の関係というのは、案外いつまでも人生に残るものなんだ。なんだか、悲しいけどね。


そうやって父親の望んだ何かになれなかったあたしは、そんなことは気にせずに、毎日研究に勤しんだわけだ。飛び級制度を使ったのは、間違った選択じゃなかったと思う。人間関係でスムーズにやっていきたかったら、自分が上に立つのが一番楽だ。
そうして研究は続けていた。教授には相当気に入られた。思ってもいない褒め言葉も、最期のことを考えたら全く苦じゃなかった。いつまでも続けるつもりだった。本気で自分が天才だって思い込んでいた。身体と心はいつか離れるものだって、そう思っていた。

どうやら神様とかいうのは随分とテキトーで、天啓というのを望まないところにも落としてくるらしい。
明日の実験室利用許諾がとれていなかったことに気付いて、慌てて電話をかけたあとのことだった。携帯を置いて、ふと目をとじると、わかったんだ。絶対に身体から、逃げられないってことが。


*


その日からもずっと研究は続けていたけれど、目に見えて実験頻度が落ちた。教授の元に許可を取りに行く代わりに、寮で一日中ベッドの上にいるなんてことが増えた。自分でどこかもう駄目だとわかっているのに、続けられるほどあたしは強くなかったんだ。その代わり本を読んだ。自分の研究には不要だと思っていたものを、その中から答えが見つからないかって。哲学も読んだ。普通の小説も読んだし、心理学も読んだけれど。どこまでたっても自分の脳は錯覚を受け入れてくれなかったから。本質にたどりついていないことがすぐわかってしまう。そうすると救いをもとめたあたしの哀れな「心」は、あっという間に飽きてしまって。読み終えた本は、ベッドの横に積み上げられていって、もう二度と開かれることはなかった。

もうどうしようもなかった。悲しいぐらいに頭が良かったはずなのに、自分の望みは叶えられないなんて、そんなばかみたいなことがあってたまるかと思ったよ。自暴自棄になっていた。身体から逃れられればいいのだから、そう、もう機能させなければいいと思った。
一週間行ってなかった実験室に足を踏み入れて、まずどこから潰そうかと考えた。身体があるとわかるのは外界との接触がわかるからだ。そうすると、五感を潰してしまえば、アタシの望んだものをいびつな形で手に入れる事ができる。完璧だ。まずは見たくないものを見ないために、目を。
言ってしまえば、その実験は最後まで完了することは出来なかった。見つかったからだ、ラボのメンバーに。的確な判断をするやつだった。強力な懐中電灯は一瞬でそいつにあたしの手から叩き落とされて、奪われて、そのおかげか、今もあたしは夜がわかる。

処女はその夜に失った。明らかに精神異常だったあたしの面倒をみてくれることになった彼の腹にまたがったのはあたしだった。その行為自体にほとんど興味はなかったけれど。幼いころあたしが嫌悪したものがどんなものか、触れてみたくなっただけだ。どうせ死ぬつもりだったから。その日、あたしの目がやけることはなかったけれど、純白な女の子じゃなくなった。
結果で言えば、よくも悪くもなかった。ただ、心は死んでしまっているのに、その行為の時だけ、身体だけは生き続けていた。それだけが面白くて、もしかしたらこれが自分の求めていたものなんじゃないかと思った。心と身体が切り離されているようなものだもの。


そうしてあたしは、ますます研究室に行く頻度が減っていた。だんだんと進級も厳しくなっていたけれど、どうだってよかった。だって自分の叶えたいものを叶えるために入った場所で、研究に失敗したら、それ以上いる意味もない。教授の目が冷たかったけれど、そんなことで罪悪感を覚えるようなあたしじゃなかった。
身体はふとしたときに重ねていた。自分の身体が苦痛で苦痛でどうしようもないとき。眠れない夜。誘えば誰でもノッてくれたから、性的消費しやすい身体だったのかな。アイドルになってからも、プロポーションを褒められることがあるけど、あれは案外お世辞でもないと思っている。なんせ『実験済み』だから。悲しいね。
だんだんと身体を重ねるうちに、最初に感じたあの精神の乖離ほどの感触がなくなって、もうだめだと悟った。もう留年は確定して、残る意味も何もなかった。母親に辞めたいと電話をしたら、あっさりと日本の高校への手続きと、一人暮らしのための部屋を用意してくれたから、あたしは日本に戻ることにした。


*


日本に戻ってきてからは、もう何もかもにやる気をなくしてた。そこでアイドルをやらないかって拾われた。もうなんでも良かったけれど、アイドルは面白そうだって思った。あの頃のあたしが嫌悪していた何かに、限りなく近いもののような気がしたから、YESの返事をした。
思ったより悪いものじゃなかった。明らかにそういった目をした大人もいたけれど、シンプルに応援シてくれる人がいるのは驚いたよ。そうやって適当にこなしていたら、ある日ユニットを組めって言われて、フレちゃんと出会ったんだ。

アイドルをやってる時は、シンプルな感情だけで生きられた。踊るのは楽しい、歌うのは楽しい。生きている人間から向けられる感情に、嬉しいなんて思うことがあるとは思わなかった。ライブのあとのあの高揚感。一種のトリップだってことには気付いているけれど、やめるつもりはないよ。
身体はいつまでも生きている。それはどこででも感じることが出来る。深夜の散歩であたしが感じているのは、あのころのあたしがずっと嫌悪していた人間の欲望なんだ。強く息を吸い込むと、体中に外の匂いがいっぱいになるような錯覚を覚えるんだ。ずっとずっと嫌いだったもの。受け入れられなかったもの。そういった大嫌いの象徴のような匂いを体中に取り入れて、それでもあたしは元気に生きている。心から逃げてしまったのかもしれない。本当は、あたしの心の奥底では、もう今にも死にたくて死にたくて仕方のない感情の塊を必死に押しつぶしているのかもしれない。それでもいい。今は、少なくとも1つか2つ、この嫌悪した何かを抱え込んででも生きていく理由がある。そう思いたいんだ。
香水を作り始めたのは、単なる興味からだったけれど。もしかしたら、すこしでもわかりたかったのかもしれないと思う。肉体から、五感からのがれられないなら、それをすこしでも知っていくしかない。

隣で眠るフレちゃんの髪をいじる。この世のものとは思えないぐらい綺麗だ。こうやって「事」が済んだあと、そのまま朝まで横にいてくれた人は始めてだった。綺麗だ。人形を触っているんじゃないかと思う。
でもフレちゃんは生きている。フレちゃんも、あたしも、事務所のみんなも、ダッドも、ママも、みんなみんな生きている。そうして自分の身体に縛られているんだ。時には「心」だけでの生を望んだとしても、みんな自分の身体を受け入れて生きている。
もしかしたら、あたしにはその「あたりまえ」が出来なかったのかもしれない。幼いころのあたしが、理解できない人がいることを知るという「あたりまえ」が出来なかったのと同じ様に。ずっとそのあたりまえがわからなかった。心と身体が一緒にいなきゃいけないなんてあたりまえ、あたしにはわからなかった。そうしてそのままあたりまえの出来ない出来損ないは、アメリカに夢を見に行って、現実を見て帰ってきた。

これからどうしようか。アイドルの活動はそれなりに軌道に乗ってきていて、これからはソロのCDを出す予定もあったりする。生きていくことは出来るだろう。あたりまえが出来ないあたしにも、アイドルはなんとか出来るみたいだ。今この状況で死んでしまうと、せっかくついてくれたファンのみんなをがっかりさせちゃうね。あと、プロデューサーもこまっちゃうかも。きっとどこかでは私を愛してくれているママも、多分泣いちゃうだろう。死ねない理由はたくさんある。

でも、生きていく理由はもっとシンプルなのかもしれない。

あのころの感情が蘇って、消えてしまいたいと思う時、ふと思い出すんだ。フレちゃんと始めて一緒のベッドに入ったときの、あの言葉を。


『シキちゃん、行かないで』


どこに行くっていうんだろう。もう、あたしはこの体に、閉じ込められてしまったというのに。


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