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ボディーランゲージ

目標:ぴったり横を歩く・袖を引く・上目遣いを頑張る | ボディーランゲージ / andymori

 なんか今日、みぞれがかわいい。
 じゃなくて、ちっちゃい。
 小さいじゃなくて、ちっちゃい。ちっちゃいって、なんというか、すごくかわいい感じがするのは私だけだろうか。言葉の感触からして、かわいらしいに決まっている。だからちっちゃいとかわいいを間違えたのも、きっとおかしくはない。
 どうでもいい言い訳はあとにして。
 やっぱり今日、なんかみぞれがちっちゃい。
 みぞれは女子大生なわけだし、お婆ちゃんみたいに毎年会うたびに背が縮んでいくなんてことはないはずなのだけど、やけに小さい。前会ったときはもう夜だったから、もしかしたら見逃してだけで、前から少しずつ小さくなっていたとか?そんなわけあるわけないけれど。
 妹みたいなサイズの同級生を横に、私は困惑するしかない。どうして。体調が悪いとかじゃないよねって、心配になる。でも体調が悪くて身長が沈むなんてそんな話聞いたことないし、今隣に立っているみぞれの体調が悪いようには見えなくて、少し安心する。
 夏物を買いに行きたいと言われていた。季節の変わり目と主張するには少し大気が不快すぎる祝日の駅前で、みぞれが太陽に焼かれ続けて今にもコマのように倒れそうになっていたのを、あわててチェーンのカフェで冷やして一日が始まった。予定よりも一時間遅れて始まった買い物は順調と言えば順調だ。洋服を選んぶのにたっぷりと時間をかけていたら発生した私の五分の遅れと、約束の三十分前から待ち合わせ場所に立ち続けていたみぞれの生真面目さが合体して、私のお財布からは謝罪費と称してアイスフロート分がいなくなった。可愛らしく口を開いて、目を細めてバニラアイスを口に含むみぞれの姿が見れたから、まあよかったことにする。
 みぞれが何かにつけてとりあえず私を呼ぶのはもう慣れたことだし、私だってファッションに別に詳しいわけじゃないが友人のためなら腕を貸すかとやってきた。一応保護者のような気持ちで歩き回るけど、もうすでにみぞれには完成形が見えているんじゃないかというような買い物の仕方をするので、本当に思春期の妹の買い物を手伝う姉のような気分だ。しかも、出来の良い。
 どうやら大学での友人関係は良好なようで、大人しいみぞれをマネキンにしたがる女の子がいるらしい。去年、会う度に趣味の違った服を着ているのはどういうことなのだろうと思っていたのだけど、納得が言った。一年掛けてやっとやめてが言えるようになったみぞれに、彼女たちが洋服代としてだしたのが「自分の好きな服を選びなさい」ということだったらしい。
 それでなぜ私のことを呼んだのかは、まあわかるけど。わからないふりをして。
 で、問題はやっぱりみぞれが小さ、ちっちゃいことで。
 確かにみぞれは身長の上では私の目線ひとつ分ぐらい低くて、ちょうど無理なく頭を撫でられるぐらいの背丈なのだけれど、それでもここまでではなかった気がする。
 初めに気がついたのは、電車のつり革に二人で並んで捕まったときだった。なんだかいつもよりずっとみぞれが小さく見えて、それでいて顔をあげたみぞれがやけに小さくて、可愛かった。普段は細く眠たげな目が、私を見上げるときだけ一生懸命開いているのはかわいかった。いや、そうじゃない。
「希美」
「ん?」
 袖が引かれて列車の中のみぞれから渋々現実に目を向ける。ぼんやりと邪魔にならないところで立っていたままの私の前に、みぞれがいた。
「聞いてた?」
「あ、ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」
 私が正直に告げると、みぞれは少しだけ頬を膨らませた。買い物の途中だった私がぼんやりとしていたのが悪いのだけど、そういう可愛げのある行動を、外でやるのはやめてください。心臓に悪いから。祝日のショッピングモールはそれなりに混んでいて、通路から見える私達を、カップルの男が一瞥していった。おい。
 そんなこと露程も知らずに、今もみぞれは私の袖を掴んで見上げていて、いや、袖掴む必要ある?そうは言っても振り払うこともなんだかおかしいし。私がようやく目を合わせると、みぞれは満足したように束ねていた洋服を両手で広げてみせる。
「どっちがいい?」
 そうやってみぞれが差し出したのはどちらも少し薄めの丈の長いフレアスカートで、右手が緑、左が白だった。なるほどこういう趣向なのか、と思う。
「いや、みぞれが」
「どっちがいい?」
 圧の強さに負けそうになる。キラキラした目で私を下から見つめるのはやめてほしい。この前できたサークルの後輩にも、同じやり方でアイスクリームを奢らされたことを思い出した。とりあえず試着室の方に押し込みながら、答えを流す。
「とりあえず合わせてみようよ」
 ちょっと恨めしそうな目をしたみぞれの前でカーテンを閉めると、奥で着替える音が聞こえてくる。ちょっと安心して、ため息が漏れてしまう。
 なんというか、ちょっと、みぞれ、積極的すぎる。嫌いじゃないけど、どうやって対応すればいいのかよくわからない。押しの強い友人は大学にもいるけれど、みぞれの場合はちょっと頑張っていることがわかるから、なおさらどうすればいいのかわからない。
 まあ、頑張っている女の子は好きだし。別に嫌なわけじゃないし。ただ心臓に悪いだけで。
「そっか、心臓を鍛えれば」
 よくわからない結論に達している間に、向かいの試着室のカーテンが開く。みぞれが段差をそっと降りるところで、今日の謎が解けた。
「あっ、そうか」
 試着室から出てきたばかりのみぞれは、私の声に身をすくめるように立っていた。そんな表情しなくたっていいのに。
「みぞれ、今日スニーカーなんだね」
 彼女の細い足首には少し大きすぎるように見える黒色のスニーカーが、キレイに磨かれた床の上で今にも踊りだしそうな軽やかな音を出した。それにしても足首が細すぎる。掴んだら折れてしまいそうだ。
「そう、だけど」
「今日、やけに見上げられるなぁって思って。ヒールの分だったんだね」
 私は新しく買ったヒールサンダルだったから、その分さらに目線が高くなっている。少し挑戦した五センチメートルがここまで影響するとは思わなかったけど、これはこれで気分がいい。
 しかし私が勝手に納得していても、みぞれはどこか納得できないようで。頬を膨らませたり、しぼませたり、目を細めたりうつむいたりしていた。
「どうしたの?」
「私の負け」
 そういってみぞれは、試着室に引っ込んでしまった。もしかして気に入らなかったのだろうか、せっかく似合っていたのに。
 出てきたみぞれは、元の春色のスカートに着替えていた。こっちも確かにみぞれには似合っているのだけど。
「買わないの?」
「うん」
「さっきの緑色のスカートとか、靴に合っててすごい良かったのに」
「……そう?」
「そう」
 じゃあ、買う、と言ってみぞれは行列の後ろに並んでいった。ずいぶんと早い決断にあっけに取られていると、あっと言う間に買い物を終えたみぞれが戻ってきて。ぴったり私の隣に並ぶ。
「みぞれ、なんかさ」
「なに?」
 ぱっちりと開かれて私に向けられている瞳に、近くない?という言葉は飲み込まれて、私はため息を飲み込みながらエスカレーターへと向かう。


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