Sayonara VoyagE

Use me like an oar and get yourself to shore

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いつかの歌

 子どもの頃の告白は、いつだって怖いものだった。
 母親にお気に入りのおもちゃを壊してしまったことを話したときのこと。
 友達の約束を破ってしまったときのこと。
 いつの間にか忘れていたその感覚は、大人になるにつれて思い出してしまった。
 だから少し声が震えたのは、仕方のないことだ。
「曲?」
「作って、みたいんだけど」
 スタジオの空気はいつでもどこか淀んでいる。だから大きく息を吸っても意味がなくて、この場所ではいつも言葉がどこか崩れているような、そんな嫌な感じがする。
 夏紀は困惑をそのまま顔に載せたような目で、私を見つめている。少しの沈黙のあと、夏紀は私から目をそらすと、そのままつぶやいた。
「作れば、いいんじゃない?」
「そんな言い方しないでよぉ」
「ごめんごめん」
 曖昧に笑う夏紀に泣きつくと、彼女の表情はすぐまっとうなものに戻った。見捨てられてなかったようで安心する。
「なに、セッションとかで作りたいの?」
「いや、そういうんじゃないんだけど」
「そういうんじゃないんだ」
 どこかレールから外れたような会話を続けてしまうのは、どこか恥ずかしくてまっすぐ走れないから。だから自分から進む方向を変えないと、いつまでも目的地にはたどり着けない。わかっているけど、ずいぶんと気持ちを入れなきゃ出来ないことだってある。
 無理矢理籠もった空気を吸い込んで、私は口を開いた。
「夏紀が作った曲、聞いたの」
 どこか暴くような私の言葉に、夏紀は驚いた顔はしなかった。大人になって見慣れた歪んだ口元に、やっぱり悪いことをしたんじゃないかって思ってしまう。
「誰から、もらったの?」
「上がってたやつ、聞いた」
 それは偶然と見つけたというには、少し気持ちが入りすぎていた。教えてもらっていたバンド名を検索ボックスに入れて、検索結果を3ページもめくった先に見つけたもの。タイムカプセルを勝手に開けてしまうような、そういう無粋さを咎める気持ちを押し殺して、再生ボタンを押した。
「ああ、サンクラか」
 さっきまで困惑の色だけだった彼女の表情に、いたずらっぽい子供の顔が混じる。
「あれね、私が上げたやつじゃないんだ」
「えっ、そうなの」
「勝手にバンドメンバーがリミックスして録音して上げてた」
「いいの、それ」
「まあ、ギリギリ……」
 押し切られる様子が目に浮かぶ。本当にリーダーなんだろうか。あまりにもいびつな権力構造に、他人事ながら心配になってしまう。
 明かされる衝撃の事実に私が戸惑う間に、夏紀は手に持っていたギターを立てかけて私の方をじっと見た。
「あれ聞いて、作りたくなったわけじゃないよね?」
「作りたくなったわけです」
 正直な告白に、夏紀はため息をついて下を向いた。部活で頭を悩ませていたときの彼女もこういう感じだったなと思う。自分がこういう顔をさせることになるなんて、あの頃は全く考えてもいなかったけれど。
「勝手に聞いてごめんね?」
「別にそれはいいよ」
 ひらひらと舞う手の指輪が、小さな光を含んで私を刺している。自分自身が暴かれる一瞬前の恐怖が、小さな火花のように背中で荒れては消えていく。
 彼女の憂いの表情は、いつだって最後には諦めだとか愛だとか、そういった現実の感情に落ちてくる。そういうところが好きだった。許されている感じが。
 ただ今日の行く先は、少しさみしげだった。
「別に、曲作って歌詞つけても、何がどうなるわけじゃないよ」
「それは」
 わかっているけれど。
 わかっているつもりだけれど。
 音にならなかった私の言葉を、夏紀はいつも丁寧に拾い上げる。どこか冷静だった感情が和らいでいくのがわかる。
「意地悪なこと言ったね」
 ごめんね。そういって彼女は笑った。

  ▲

 思いついたフレーズは書き留めてあった。唸りながら模索していって、やっとなんとなくそれらしい長さになる。
 何が正解なのか検討もつかない。ベースの入れ方はさっぱりわからないし。
 とにかく探るしかない。勉強にと、好きな曲を大きな音で鳴らしてみると、聞けていなかったことがわかる。
 手を止めて聞き直して、どうにも好きになれなくてやり直し。その繰り返し。

  ▲

「カバー楽曲って、どうやって選ぶの?」
 ホワイトボードに書かれた楽曲候補には、知っているものから知らないものまで転がっている。秘密に大切に作られたプレイリストの中身を覗いているようだった。
 聞くところによると、次のライブの予定が決まり始めているらしい。知らない世界の話を全部覗き込んでみるほど子どもではなくなってしまったから、よくわかっていないけれど。
「結局さ、今歌っても仕方ない歌っていうのがあるんだよね」
 夏紀がいたずらに動かしていた指を止めると、狭い部屋の中に声だけが響く。弾き出された心地の良い音がなくなると、それだけでひどく特別なシーンのように見える。
「仕方ない、って言うと?」
「んーっとね」
 オウム返しのように返事をすると、夏紀は宙を見つめながら言葉を選ぶ。手に持ったピックは弦をかすめることなく、ただゆっくりと往復するだけだ。答えを待ちながら、彼女のコードを読み取る。D、A、G、D、G、D、A、D。
「時代が合わないっていうか。当時は面白くても、今じゃありふれてるとか。ルーツっぽい曲ならいいんだけど、そうじゃないとちょっとね。なんて言えばいいかなぁ」
 彼女の手が止まって、口元に移っていく。考えこんだ彼女の顔は絵になるなと改めて感じながら、私は黒板に答えが書かれるのを待つ生徒のように、ギターの縁を指で叩く。
「ちょっと誤解されるかもしれないけど」
 そう前置いて、夏紀は答えを書き始めた。
「その時は意味があっても、時間がたつと薄れちゃったり。いつの間にか歌ってた感情なんてなくなっちゃったり。もちろん音楽はいつ聞いてもいいんだけど、ライブで選ぶってなるとその辺ちゃんと選ばないと。お客さんも耳肥えてること多いからさ」
 そう言いながら楽しそうな表情を浮かべてギターを見つめる彼女が、突然ひどく大人びて見えた。それは彼女の髪の色も、彼女の持つギターのブランドも、この部屋の照明も関係ないということが、なぜかはっきりとわかった。
「大変だね」
 それをなんとなく認めたくなくて、素直な言葉の代わりに飛び出した言葉はひどく投げやりに聞こえた。
 私の言葉に、彼女は顔を上げた。そこにはもう大人びた表情は映ってなくて、私の良く知る中川夏紀がいた。
「大変だよ」
 そう言って、彼女はあの見慣れた柔らかな笑みを浮かべた。
「でも、楽しいよ」
「そっか」
 その表情になんとなく悔しくなって、だから思わず口を開けてしまう。
「私も、歌ってもらいたいなぁ」
「え?」
 濁した言葉は何も伝えない。そうわかっていてもそれを選んでしまうのは、自分の治らなかった癖だ。
 言葉にするにはずいぶん勇気がいる。それとなく、緊張しないように見せかけて。
「夏紀に、私の書いた曲」
 私の言葉に、夏紀はただ目を開いた。してやったりと、思ってしまった。
「じゃあ、早く持ってきてくれなきゃね」
「はぁい」

  ▲

 ページをめくった先に見つけた、再生ボタンを押したときのことを思い出す。
 それは思っていたよりずっと情けなくて、ずっと悲しくて、それでいて好きだった。
 あの歌声で、歌ってくれたら。そう思った。

  ▲

「作った、んだけど」
 なんて言って差し出せばいいのかわからなくて、拗ねた子どものような言葉選びになってしまう。頼りなく響いた声はそれでも届いたみたいで、一足先にレッスンルームに入っていた夏紀が顔を上げた。
「曲?」
「うん」
「おめでとう」
 少し恥ずかしくて、手を後ろで組む私に、夏紀は椅子を差し出した。
「歌ってみてよ」
 作ってみた曲は、4分に満たないぐらいの長さだった。思った以上に同じようなフレーズが続いていて、聞かせているうちに不安になる。取ってつけたような仮歌も、それらしく跳ねてはくれない。
 滑稽な芸のような演奏を終えると、まだ時計は文字から文字へと移動していなくて驚いてしまった。行き場のない失敗の気持ちを抱えた私の向かい側で、夏紀が驚いた顔をしている。
「いいじゃん」
「そう、かな」
 意外そうな、それでいて嬉しそうな夏紀の表情に、私は信じないわけにはいかなくなる。どこか乗せられているような感触を覚えながら、私は喜ばずにもいられなかった。
「ちょっとフレーズ直したほうがいいけど、いい感じだよ」
「本当に?私弾いてる間にどんどん自信なくなってたんだけど」
「まあ、最初から自信作が作れてれば誰も苦労してないから。希美は耳が肥えてるんでしょ」
 そう言って夏紀は、私の手書きの譜面を見ては、いくつかのフレーズを変えていった。
「これで、どうかな」
 そう言って渡された楽譜には夏紀の書き込みがあって、高校のときの譜面を思い出す。あの頃もいろんな書き込みがあって、そういうもので見えなくなってしまった楽譜が、希美は好きだった。
 若干のノスタルジーと共に弾き直してみると、違和感のあるフレーズが綺麗に収まって、さっきまで響いていたはずの情けなさは消えていた。魔法のようなその文字たちを、思わずじっと眺めてしまう。
「凄い」
「直すのは簡単だからさ」
 私の感動が端的に言葉になって伝わると、夏紀は頬を掻きながら顔を赤らめた。そういえば彼女は、感動を言葉にされると弱いのだった。こういった年齢になると、尊敬とかそういった感情は、つい伝えそびれてしまう。だから思い出したときに、ちゃんと言わないといけない。
「そんなことない、すごい」
 燥ぐ子どものように繰り返すと、夏紀は愉快そうに小さく笑いをこぼした。
「今のちょっと、昔のみぞれに似てた」
「そうかなぁ」
 そうかもしれない。曖昧な記憶と共に思い浮かべる彼女の顔は、すぐにこの前あったばかりの彼女と重なってぶれて、思い出せなくなってしまう。
 もう一年近く会っていないという事実を思い出す私の顔を、夏紀が覗き込んだ。
「歌詞、どうする?」
「歌詞、か」
「流石に仮歌のまま披露はできないからさ」
 先延ばしにしていた宿題を見つかったような、そういう後ろめたさをほんの少しだけ覚えながら、夏紀に直してもらったフレーズを弾き直した。やっぱり自分の書いたものより、ずっとかっこよくて、なんだか悔しかった。
「書いて、みたいな」
「いいと思うよ」
 全部お見通しみたいに、夏紀は笑った。
「じゃあ、また練習の時までに。書いてきてくれたら、またセッションするからさ」
「宿題みたいだ」
「大人になったら宿題はないって思ってたのにって、誰か言ってたなぁ」
 大切な締切を覚えた私に、夏紀はそうだ、ともう一つ思いつきを話す。
「サポート、やってみない?」
「サポート?」
 夏紀はまるで少年のように、新しい遊びを見つけた少女のように笑っている。とんでもないことに背中を押されている感じがする。
「サポートギター。うちのバンド今3ピースだけど、どうしても表現しきれないところがあるからさ」
 やっぱり。的中した予感とともに目を開ければ、崖の前まで追い詰められている。
「いや、私まだ初心者なんだけど」
「曲作ってれば十分だよ」
「本当に?」
「希美なら大丈夫だって」
 いたずらばかりの子供のように、楽しそうに囲い込む彼女を思わず睨む。
「信頼してるんだよ?」
「そういう問題なの?」
「私は希美と一緒に演奏したいなぁ、一緒に演奏してくれたら、希美の書いた曲歌おうかなぁ」
「夏紀、そういうこと言うタイプだったっけ……」
 私の諦めた声に、夏紀は大声出して笑いながら、自分の鞄からスコアを取り出した。
「考えてみてよ、ね?」
 あの頃からまた少なくなった楽曲候補の束を渡された。また宿題が増えたことが、なぜか嬉しかった。

  ▲

 夏紀に渡されたスコアと、作詞ノートの上の白紙を行ったりきたりしている。
 思い浮かぶのは誰かの言葉ばっかりで、曖昧に思い出しては消し去って、もう数ページ無駄にしてしまった。
 ちっとも進まない言葉たちを笑うかのように、スコアはだんだんと手に馴染んでいく。もう渡されたスコアが、だいたい弾けるようになってしまった。現実逃避の練習から手を離して、練習をする準備をする。
 歌詞。言葉。伝えたいことなんてあるんだろうかと思ってしまう。多分私の胸の内側を、手術みたいに取り出してしまえれば、その中には私のいろんな気持ちが横たわっているんだろう。見たいものから見たくないものまで。忘れたいものから忘れられないものまで。
 昔みた漫画のように、自分の手で心臓を交換できたら簡単なのに。
 積み重なったスコア集を戯れに手で図ると、それなりの高さになっていた。ホワイトボードにはこれよりもたくさんの曲が並べてあって、夏紀のミュージックプレイヤーにはそれ以上の楽曲が並んでいるはずだ。
 そういう世界の中で、私が覗き込めるのは、ほんの一欠片だけなのだろう。彼女と私では、そういうものに対する積み重ねのようなものが、違いすぎた。
 本当にそのまま言ってしまえば、羨ましかった。今までの積み重ねを無視してそんなことを言うのはおこがましいとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。なんでもないよと笑いながら、そのうちにすべて包み込めるような彼女のことが。
 羨ましかった。優子のあの強い眼差しが。どこまでもまっすぐで正しくて、あのころは憧れなんて言葉で言い表わせないぐらい近くにあったはずのその優しさが。
 羨ましかった。みぞれのあの演奏が。
 羨ましかったんだろう。
 思い出してみると、ただそれだけのことのはずなんだ。
 真っ白なページをもう一度見つめ直す。今なら何かが書けそうな気がして、ピックをもう一度持ち直した。

  ▲

「書けたよ」
 どうして私の言葉は、こんなふうに子供みたいに響いてしまうんだろう。理由を探してみても、自分が子供っぽいからなんじゃないか以外、検討がつかない。
「お疲れ」
 差し出したメモを受け取らずに、夏紀は笑顔だけ私に向けた。
「弾いてみてよ」
「私が?」
「そう」
 立ち上がろうとしない彼女は、笑顔のまま私を見つめている。勘弁してよと思いながら、私はギターを構えた。
「あれ、素直にやるんだ」
「どうせ何言っても弾かせるでしょ」
「せっかくだし、聞いてみたいなって。私歌詞カードは最初見ないタイプだからさ」
「そういう問題なの?」
 どこまでもにこやかな彼女に反抗心すら削がれながら、私はピックを構える。書いたときの感情を思い出したり、ぼやけさせたりしながら。声を出す。届いたり、届かなかったりしながら。
 歌い終えると、夏紀は笑った。とても深くて、それでいてどこまでも明るい笑みだった。
「いいね」
「夏紀、それしか言わないじゃん」
 受け流してほしかった子供っぽい逃げ方は、夏紀に丁寧に拾われた。
「本当にいいと思ってるよ。この曲が聞けるなら、来世でまた希美にギター教えてもいいぐらい」
「どのぐらいよ」
 壮大なようで小さな世界の話に、苦笑してしまう。夏紀の目が至って真剣なのは見逃して。
「いいよ、これ次のライブで弾こう」
「ほんと?」
「ほんと」
「やったぁ」
 夏紀に褒めてもらった安堵感が胸いっぱいに広がって、思わず大きく息をつく。良かった。私の態度が大げさに見えたのか、夏紀はまた笑った。
「そんなに弾いてほしかったの」
「そのためにスコアだって仕上げてきたんだから」
 私が胸を張ると、夏紀は考えもしなかったかのように驚いた顔をしていた。
「あれ、全部やってきたの?」
「やったよぉ、もう大変だったよ」
「いや、ごめんごめん」
 夏紀の形ばかりの謝罪に、思わずまた愚痴が出る。
「フルートの発表会も近いからそっちも練習しないといけなくてさぁ」
 二つの楽器を練習するのは、やっぱりどこか無理があった。プロだったら怒られているレベルの出来になっているかもしれない。発表会のためにまた練習しないと。
 今夜の予定を立てていると、夏紀は何故かあっけに取られたような顔をしていた。
「フルート、まだやってたんだ」
「あー、前のサークルで一緒にやってた人に誘われた場所でね。言ってなかったっけ」
「聞いてなかった、けど」
 一緒になるとギターとロックバンドの話ばっかりで、日常の話をするのを忘れていた。近況報告を怠った自分を反省する。
 小さな反省会をしている私の前で、夏紀は初めて見るような表情をしていた。
「こんな、言い方良くないけど」
「うん?」
「フルート、やめたり、休んだりしてるんだと思ってた」
 そういう夏紀の表情に浮かんでいるのがなんの感情なのか、私にはいまいち理解できない。
「あー、一ヶ月ぐらい、次のサークルが見つからないときはあんま練習もしてなかったよ」
 あの頃にちょうどみぞれに会ったのか。タイミングの悪さに呆れる。
「やめたくなって、ギターやってるんだと思った」
 そういう夏紀は、寂しさを思い出すような顔をしていた。苦しそうだった。もしかして、ずっとそういう思いをさせていたんだろうか。想像を及ばせることの出来ない悲しみに、かけるべき言葉は見つからない。
「今更やめられないよ」
 結局現れたのは、飾りのない言葉になった。やめられそうにない。それが希美にとってのフルートだということに、自分ではそれなりに昔から気がついていた。だから、本当にやめる可能性があるなんてこと、想像もしてなかった。
 でも言葉に出さなければ、それは伝わらないのだ。なんていって伝えればいいのか、数秒間の迷いの末に、それはシンプルな数文字になってくる。
「好きだもん、フルート」
 結局そこに落ちてくるんだろう。
 選べる限りの言葉を選び切ると、夏紀は苦しみが落ちたような顔をした。言葉を待つ私の前で、彼女はゆっくりと自分のポニーテールに手を伸ばす。
「私、高校生のときからポニーテールにしてたでしょ」
「うん」
 脈絡の見えない話を前に昔の記憶をたどると、曖昧にそうだったかもしれないという合意が自分の中で形成されていく。頷いたあとに思い出した自分のちょっとした卑怯さを受け入れながら、眼の前の彼女を見つめていると、彼女はまたあの柔らかな笑みを浮かべた。
「あれね、希美の真似だったんだ」
「ウソ」
「ほんとだよ。憧れてて、真似してみたの」
 明かされた衝撃の事実に、空いた口が塞がらない。一体何を言えばいいのかもわからない私の前で、夏紀は相も変わらず嬉しそうに笑っている。
「なんで、急に、そんなこと」
「憧れてて、良かったなぁって思って」
 そういって夏紀は目を細めた。
 
  ▲

 ライブの前日、スタジオであった彼女は、夏紀は髪の毛を赤く染めていた。あの写真じゃなくて、もっと彼女に似合う優しい赤だった。ポニーテールを赤く揺らしながら、彼女は笑ってこういった。
「希美よりは、似合ってない気がするよね、ポニーテル」
 そういってくるりと踊ってみせた彼女は、なんでもない街の路上で、誰よりもきれいに輝いていた。

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