Sayonara VoyagE

Use me like an oar and get yourself to shore

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いたいな

 機材の確認から戻ってきたら、夏紀の頬が赤くなっていた。飲んでる。本番前なのに。
「本番前に飲まなくていつ飲むのよ」
「そういうものなんですか?」
「いや、そういうものじゃないと思う」
 夏紀はグラスを持って体を起こすと、思いっきりよろめいていた。だめだこれは。本人もそう気がついていたのか、慌ててペットボトルを取り出すと飲み干していた。
「ウィスキー、相変わらず弱いわねぇ」
「向いてないのかも、しれません」
「どう考えたって向いてないわよ」
 そう言って呆れた笑いを浮かべながら、サキさんは彼女の肩を掴んだ。大きな支えと一緒にあるはずなのに、夏紀の体はまだ安定を求めるかのように揺れていた。どれだけ弱いのか。自分の眼の前でウィスキーを飲んだ彼女の顛末を思い出して、心配になる。
 狭い楽屋の空気は控えめに言って悪い。所狭しと置かれた機材の中でおぼつかない足を動かしている彼女を見ていると、いつか大きな怪我をするんじゃないかと心配になる。
「外で酔い冷まして来なさいよ」
 まだ開演までは時間がある。十一月の空気は冷たく、緩んだ頭を冷やすにはちょうどよい。
 しかし、サキさんの至極まっとうなアドバイスを、夏紀は青い顔で受け止めた。
「嫌」
「どうしてよ」
「今外に出たら、優子と鉢合わせるかも」
「知るか」
 怒りの声が飛ぶ。まあ気持ちはわかる。
 追い出されて――より正確には蹴飛ばされていく彼女の背中に手を合わせる。気の毒に。お酒の失敗は本人の失敗だけれど、夏紀の場合、どこか同情してしまうようなものが多い。
「なんでウィスキーにこだわるんですか?」
「まあ、梅酒だと決まらないわよねぇ」
「ワインだとちょっと場違いな感じしますしね」
「そういうこと」
 前に見た映画で、ロックシンガーがずっとウィスキーのグラスを傾けていたのを思い出した。ああいう感じなんだろうか。
「いや、どういうことなんですか」
 危うく流されそうになった私に、サキさんは夏紀の飲みかけのグラスを差し出した。
「飲んでみれば?」
「え、いや」
「夏紀にはこれ以上飲ませるわけにはいかないし、飲んじゃってよ」
「残飯処理ですか」
「残酒処理ね、どちらかというと」
 眼の前で揺らされる琥珀色の液体が、不気味に私を誘っている。これはなんの色なのか。そもそもウィスキーって何でできてるんだ。わからないことはいっぱいあった。
「もしかしてウィスキー、飲んだことない?」
「ハイボールは、あります」
「ないかぁ」
 私の言うことを無視して、サキさんはグラスを私に握らせた。この人は距離を掴むのがうまい。逃げ場がなくなったことに気が付きながら、私は諦めてグラスを口元に持っていく。
「どうやって飲むのがいいんですか」
「グイッと行っちゃいなよ」
「グイッと、ですか」

  ▲

「絶対ああやって飲むもんじゃないでしょ」
 喉がまだ痛む。噎せるような感覚はもう過ぎ去ったものの、違和感が残り続けている。出番はもうそろそろだというのに、やたら酔いの広がる感覚に、楽屋の席を立つことができない。
「一気に飲んだの?」
 うちひがれた私の横で、どうやら酔いを冷ましてきたらしい夏紀が戻ってきた。頷いた私に、夏紀は可哀想に、という目を向けた。そもそも夏紀が弱くなければ私の喉は焼け付かずにすんだのだけど。恨んだところでどうなるものでもないけど。
「二人は?」
「なんか外に出ていった。知り合いがいるらしくて」
 熱冷ましとばかりに飲んだミネラルウォーターのペットボトルが空になったのを恨めしそうに見ていると、夏紀は正面の椅子に腰掛けた。うつむいた私に視線をあわせるように背中を丸めた彼女の目に、さっきまでのおぼつかない足元の影は映っていない。
「みぞれ、来てたよ」
「うん、知ってる」
 真剣な表情で言われたそれに、そっけない言葉で返してしまう。申し訳ないけれど、わかっていたことには驚けない。
「私が、来てって言ったから」
 夏紀のライブに出ることを、みぞれには伝えていた。サポートギターでの出演を、無理して伝えることなんてないかなって思ったけれど、フェアじゃない気がしたから。いつものやりとりに何気ないように送ったメッセージに、みぞれはすぐに返事を返した。「帰国して、行く」
 どこか申し訳ない気持ちとともに、喜びがあることを認めずにはいられなかった。私の作った曲はセットリストの最後から一つ前に用意されていて、夏紀が歌ってくれることが決まっている。望んでいた機会は何気なく訪れて、私の小さな願いは叶いそうなのだ。
 今日の昼に帰国したらしい彼女の姿を、私はまだ見ていない。慌てて迎えに行って、なんて言えばいいのかわからなかった。その代わり、優子に連絡を入れておいた。
 何か言いたげなのが文字だけでもわかる彼女からの返信に、いつも悪いことをしているという気持ちが抜けない。確かに思い出と今がぶれて曖昧になる前に、彼女の姿を見ておきたいのも確かだけれど、それは歌ってからでいい。
「そっか」
 夏紀はそれだけいうと、伸びをするように体を後ろに投げ出した。彼女が背中を預けた壁には、誰だかもわからないアーティストの笑顔が彼女の肩に並んでいる。そのポスターの薄れた色から目をそらすように、彼女は目を閉じた。
「それならいいんだ」
 狭い静かな箱の中では、小さな音もよく響く。開場の間際のざわめきがドアの隙間から運ばれてきて、夏紀の瞼をそっと持ち上げた。目を開けた彼女が戯れに手を伸ばした先では、昔の彼女が眩しそうに目を細めている。
「このライブハウスもね、付き合い長いんだ」
 ポスターの背景には見覚えのあるステージが並んでいた。今より少しだけ幼い彼女の表情を、夏紀は懐かしそうになぞる。 
「ここで希美と演奏できて、良かったよ」
 手を伸ばすのをやめた夏紀の目が、私を貫くように向けられていた。
「まだ始まってもないのに」
「こんなこと、もうあると思ってなかったからさ」
 言い切ったように、彼女は小さな丸椅子から立ち上がった。時計を見ると、もう開演の時間だ。
「行きますか」
「うん」

  ▲

 ライブハウスに初めてきたのは、大学生のとき、夏紀のサークルのイベントだった。
 寂しい場所だと思った。
 こんな狭い場所にいるのに、みんなちょっとずつ違う方向を向いている。
 ステージに立った今でも、その空気から逃れることはできていない。ステージに立つと全部が見えてしまう。談笑を続けている人、タバコの火に見とれている人、手元のスマートフォンを光らせている人。これが吹奏楽部の発表だったら、非難殺到もいいところだろう。今までの感触が抜けきっていない私からすると、どうしても変な感じがする。
 でも、本当はそんなもので、良いのかもしれない。
「早い時間からありがとうございます」
 夏紀の上からは、柔らかな光が差し込んでいる。彼女の声がフロアに響くと、散り散りになっていた目線がステージに向いた。怯みそうになるのを堪えて夏紀の声の続きを待つ間に、壁際の椅子から立ち上がった女の子が見えた。みぞれだ。
 白いハイネックのワンピースを着た彼女は、不安そうな目をして席の前に立っている。中学生のころの彼女も、あんな表情をよくしていた。何か足りないものを探すような、そんな顔を。
 タバコと汗とアルコールの混じった匂いが、彼女にはあまりにも似合わなくて、笑ってしまいそうになる。ステージの上で耐えるように夏紀の方に目を逸すと、彼女の視線が一瞬私をなでて、すぐに正面へと映っていった。
 みぞれの横には優子が場馴れしたように立っている。これなら心配ないだろう。そっと胸を撫で下ろして、夏紀の合図を待っているけど、目の端ではみぞれが映るように構えている。
「じゃあ、一曲目、カバーで」
 そういってドラムが始まって、ライトが落とされた。
 ただでさえ薄暗い箱から、ステージのライトが消えるとはっきりと捉えることしかできない。無作為に照らすステージライトは、視界の助けにはならない。諦めて、演奏に集中する。
 夏紀の声が空気を揺らす。コーラスに集中しながら、こうやって並んで歌っている自分がいることに、イマイチ現実感がない。
 疾走感のある一曲目が終わると、夏紀のギターソロで二曲目が始まる。イントロで歓声が上がっていて、このセットリストは成功みたいだ。夏紀が選んだものなのに、楽しそうに揺れる人たちの前で、私までうれしくなってしまった。さっきよりわかりやすく甘くなった夏紀の声に、小さく黄色い悲鳴を上げた女の子二人組が見える。
 あの子達は、いつだかに駅で見かけたファンの子たちだった。昔からつながっているものがあるのかと思うと、少し安心する。夏紀が抜け殻になってしまったと聞いたとき、彼女が何もかもを捨て去ってしまったんじゃないかと思っていた。でも夏紀が望むにしろ望まないにしろ、断絶されることなく音楽が続いているということが、ひどく嬉しかった。
 三曲目を夢午後地で通り過ぎて、四曲目はしっかりと。喉に焼きついた痛みが微かに残っているのを騙しながら、コーラスをこなす。汗が首筋を流れて気持ち悪い。スモークか熱気かが、自分の体にまとわりついて、うまく動けていない気がしている。
 前半戦をこなすと、思ったより息が上がっていることに気がついた。夏紀が喉を潤している間に、息を整える。
 また小さく夏紀にあたったスポットライトを頼りに、みぞれの姿を探す。一瞬見えなくなって焦ったけれど、あの白いワンピースはそこにいた。休憩時間を使って小さな椅子で休んでいるようだった。隣にいたはずの優子の姿が見えない。それだけで、急に心配になる。
 胸を抑えているみぞれのことを見ているだけで、気がついたら夏紀のトークは終わっていた。大きな拍手とともにステージに引き戻されて、慌ててピックを持ち直す。ベースイントロが響きだしても、みぞれはまだ立ち上がらなかった。
 暗いアレンジに合わせて、照明は青く開く。速弾きに気を取られて、フロアに目をやる余裕はなかった。夏紀の声が低く響くのを耳で確かめながら、早く終わってほしいなんて、そんなことを思ってしまう。
 ベースの余韻が消えて、拍手が響く。スポットライトが私の背中を照らす。演出を決めたのは私だ。ちゃんと正しければ、あのライトがみぞれを照らすはずなんだ。
 焦りと期待で見つめた先に、みぞれはいなかった。
 一瞬にして体が冷えていくのがわかった。背中に流れる汗が急に冷たくなっていく。慌てて目を凝らすと、扉から出ていく白い影が見えた。きっとみぞれだ。それ以外にはいない。
 無秩序に照らしはじめたライトとともに、演奏が始まる。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ。繰り返しても、みぞれは戻ってこない。
 私のギターソロが始まった。すべての照明が落ちて、私だけを正面から光が指している。眩しくて、よく見えなかった。ただ必死に覚えた通りに指を動かして、終わらせた先では、また最初と同じように光がさすはず。それだけを信じて。
 スポットライトが当たる。その先に立っていたはずのみぞれはいない。光は虚しく壁を照らして、大きく空いたライブハウスの最後列を浮き立たせた。
 ラストサビ前、すべての楽器が鳴り止んで、夏紀のボーカルだけがライブハウスを揺らしている。コーラスのために口を開きながら思う。
 一体何が、伝えたかったんだっけ?

  ▲

 ギターの片付けをサキさんに頼み込んで、楽屋控室から飛び出した。まだ余韻の残ったスタンドでは、観客達が思うがままに浸ったり忘れたりしていて、まっすぐ歩くことも難しい。扉の前で大きな声で何かを喋っている女性を押しのけるように進んで扉を開くと、冬の冷たい空気が汗に吹き付けて体を冷やしていく。
 もう一枚着る余裕のなかった自分を恨みながら、地上から吹き付ける風を正面にみぞれの姿を探すと、彼女はカウンター近くのコインロッカーのすぐ横に蹲っていた。
「みぞれ」
 思ったよりずっと大きな声が出て、カウンターでスマートフォンをいじっていた男が顔を上げたけれど、気にしないことにした。影みたいな場所で下を向いていたみぞれは、私の声にゆっくりと顔を上げた。さっきよりもずっと近くで見る顔は、知っているそれより、ずっと苦しそうな表情をしている。
「希美」
 そういう彼女の声はいつもよりもっと小さくて、声の出し方も忘れてしまったみたいだった。階段を照らすライトが、跳ね返ってみぞれの目元を照らしている。
「どうしたの?大丈夫?」
 しゃがみ込んで顔を合わせると、次のバンド目当てらしい女の子二人組が私達を一瞥しながら受付へ駆け込んでいった。足音が反響して不愉快になる。
 みぞれは耐えきれなくなったように顔を伏せると、大きく息を吸い込むと、吐き出した。ライブハウスよりはずっといいけれど、ここの空気だって良くはない。ブルーシートの空気が、どうにも嫌になる。 
「気持ち悪いの?」
 問いかけに頷く余裕もなさそうなみぞれにどうすればいいのかわからなくて、背中にそっと手をやった。肩が跳ねたのは拒絶のサインじゃないと信じて、柔らかく擦る。取って付けたような照明が恨めしかった。こんなところを照らさなくたっていいのにと思う。
 思った以上に小さな背中をさすり続けていると、また大きな音を立てて誰かが去っていった。みぞれの肩が苦しそうに上がる。睨もうと顔を上げても、もう犯人はいなかった。
 彼女の背中に当てた手が、いくら往復したのかわからなくなったころに、みぞれはやっと顔を上げた。曖昧に暗いこの場所でも、顔色はそこまで悪くはなさそうだ。とりあえず安心する。
「優子は?」
「電話があって、途中で出てて」
「そっか」
 さっきから上から聞こえる高い声は、優子のものだったのか。まだ終わりそうにない声のトーンに、任せることはできなさそうだ。片付けの分の礼は一体ビール何杯になるのかを考えながら、みぞれのカバンからペッドボトルを取り出す。
 パスポートが見えて、空港からそのまま来たことがわかる。長時間のフライトと、なれない環境で体調を崩したんだろう。その無理をさせた原因が私だと思うと、何を言えばいいのかわからなかった。
「ごめん勝手に漁って。飲める?」
 手渡したペッドボトルを、しかしみぞれは首を振って押しのけた。そのまま口を開いてなにかを伝えたはずの彼女の声は、ライブハウスから聞こえる大きな歓声で消されていった。次のバンドが始まったらしい。
「どうしたの?」
「ごめん」
 はっきりと聞き取れた彼女の言葉は、ひどく痛そうに響いていた。さっきまでよりもずっと苦しそうな声が鼓膜を震わして、私は次の言葉を待つ。
 みぞれはゆっくりと立ち上がった。彼女にあわせて膝を伸ばせば、眼の前には苦しそうな顔が浮かんでいる。そんな顔、することないのに。
「希美の演奏、最後まで聞けなかった」
 そういってみぞれはまた俯いた。あのころよりずっと大人になったはずの彼女は、こうやって下を向いているだけで、ずっとずっと幼くて、頼りなく見えてしまう。
 こんな子に、私は何を伝えたかったんだろう。
 そんなことないよ、大丈夫だよ。いつものような軽薄な言葉が喉の奥で引っかかって、出てきそうにない。
「希美が、せっかく呼んでくれたのに」
 そういう彼女の言葉は、悲しみを重力にしてどこまでも落ちていくみたいだった。拾い上げることが出来ないそれを追いかける前に、私には伝えなきゃいけないことがあった。
「来てくれて、ありがとね」
 そういうと、みぞれは顔を上げて、首を振った。それが本当に何を意味するのか、私には多分わからない。それでも、一つわかることがあった。
「聞けた分だけでも、楽しかった?」
 みぞれはすぐに大きく頷いた。こういうところまで、今日の彼女は子供のようだ。幼い友人の様子に自然と笑みが溢れる。
「それなら、良かった」
 私の手が、自然とみぞれの頭に伸びた。
「それだけで、いいんだよ」

  ▲

 楽屋に戻ると、夏紀がグロッキーになっていた。
 椅子の背もたれに無理に首を乗せて、目の上にタオルをかぶせている夏紀は、敗北したボクサーのようだ。ボクシングなんて見てないけれど。
「夏紀?」
 ステージから響くシャウトに負けないぐらいの声で呼びかけると、彼女は目にかけてたタオルを外した。私の姿を見ると、ゆっくりと体を起こす。
 疲れ切ったその表情は、さっきまで黄色い歓声を浴びていたとは思えない。記録に残しておけば面白い気もするけれど、流石に悪いのでやめておく。夏紀と一緒にギターを引き始めてから記憶に残っているのは、初めて見る表情ばかりだ。
「希美」
「物販は?」
「代わってもらった。次のバンドは私が行く」
「そっか」
「みぞれは」
「体調悪いから帰るって。ご飯の予定はまた今度立てよう」
「わかった」
 適当な会話を済ませると、夏紀はまた大きなため息をついた。心の底から疲れ切ったみたいな声だった。ステージが終わったときは普通だったのに。あの爽やかな笑顔で引っ込んでいく彼女を思い浮かべながら、私は声をかける。
「どうしたの」
「逃げられた」
「誰に」
「前のバンドのやつ。もう二度とお前の演奏なんて見ねえよなんて言ってたのにコソコソ来てて、追いかけようとしたら帰ってた」
 夏紀はそれだけ吐き捨てるように言うと、テーブルに体を投げ出した。
「あの野郎……」
 今まで聞いた中で、一番暗い夏紀の声だった。こんな声を出せるなら、曲の幅も広がりそうなんて、無責任なことを考えてしまう。私には、彼女の怒りの現実感が結局最後までつかめなかった。
 恨みの籠もった親友の言葉に、どんな顔をすればいいのかわからない。とりあえず口角を上げておく。前のバンドの前半が終わったようで、大きな拍手が終わって、MCの声が聞こえる。
 他愛のないバンドの昔話だけが聞こえてくる楽屋で、私と夏紀だけが黙りこくっている。このライブハウスでこんなに静かなのは、私達だけだろう。
 しばらく死んだような目で伏せながら流れてくる言葉を聞き流していた夏紀は、突然立ち上がると近くにあった紙コップを二つ掴んだ。一つを私の手に押し付けると、もう一つを持ちながら部屋の中何かを探し回る。
「どうしたの」
「飲むよ」
 そういった彼女の手には、まだ半分以上残ったままのウィスキーの瓶があった。
 思わず私が笑っている間に、夏紀は私の紙コップに勝手に注いでいる。
「飲まないとやってられないよ」
 自分の分を注ぎ終わった彼女は、早々に手を上げた。こんな思いやりのない夏紀、レアだと思う。
「ほら乾杯」
「か、乾杯」
 コップを軽くかすめるだけの挨拶を上げると、夏紀は早々に飲み干した。顔を歪ませる彼女に呆れながら、私も口に含む。
「まっず」
 呻く彼女を見て笑いそうになるのをこらえながら、喉に無理やり流し込む。また喉を焼き付けて流れていった琥珀色の液体は、私の中でどんなふうに暴れまわるんだろう。飲み込んだあとにも残る熱い感覚に、顔を顰めた。
「やっぱり、痛いや」

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